『おかぁーーさんー、靴下かたっぽどこぉー??』
私は、探し物が苦手である。
狙いを定めて‘なくなっているものを探す’という作業は
人によって得手、不得手が分かれるものではないのかと思うのだ。
それこそタイトルのように、
小さな頃は、うちの中では探し物があるときは、
探し物が得意な母がまるで魔法のように
「ほら、ここにあるじゃん」とするりと片方の靴下をだしてくれたりする。
見つかると「あら、ほんとだ」と簡単なことのように思えるもんだ。
探し物をしているその最中はまるで
大きな迷宮に迷い込んだ様に、途方にくれてしまうのに。
(そんな母は、人のものを借りっぱなしも得意だったりするのだが笑
だから、なくなっている服の原因は母のことが多い。
その探し物は理由が思い当たるのですぐ見つかる。)
でも、大きくなってからはそうそう人に頼らなく、(頼れなく)
しばしば家の中でぐるぐると同じところを、
回っている遭難者のような気分を味わうことになる。
最近では、去年からずっとデジカメが家中で失踪していたのだ。
(だから、ブログはずっと携帯の写真でUPしていました。)
これは、家族で使っていたものだったので住人全員家宅捜索をしていたのだが、
さすがの母もお手上げであった。
最後に使ったのは、私。
ずーっとあんまり考えないようにしていたが(笑)
そろそろ、母の顔色を見つつ「え?私買わなきゃいけないかねぇ・・・」
と思っていたこの頃。
それが、先日
久々に使おうと思ったバックの中から見つかったのである!
ま、結果犯人は私だったということになるのだが笑
そこで過去の経験も含めて、
私の中に探し物に対するひとつのセオリーが確立した。
『失くしたものがあるときは、バックとコートのポケットを見ろ!』
探し物が不得手な私はしかし、‘発見’が得意である。
狙いを定めないで、「ものと出会う確立」というのが多いのだ。
店でも、好みの物でも、誰かの落し物を拾うでも、
意識をせずに勘を働かせるということがいいのかもしれない。
と、いうことは自分で何かを探しものがある時にも、
意識をしないで‘発見’するという意識で探せばいいのかもしれない。
何を探していたのか、いったん忘れてしまうのも手かも。
・・・・でも、それが一番難しい。





